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部活動報告

宇都宮ライトレールと大谷資料館

投稿日2025/11/22

2025年11月9日(日)

赤羽駅―(宇都宮線快速ラビット)-宇都宮駅…宇都宮駅東口-(宇都宮ライトレール)-平石…宇都宮ライトレール車両基地・見学…平石・撮影-(宇都宮ライトレール)-グリーンスタジアム前・撮影-(宇都宮ライトレール)-宇都宮東口…宇都宮駅西口-(関東自動車バス【45】)-資料館入り口…大谷資料館・見学…大谷景観公園…大谷寺・大谷平和観音・拝観…大谷観音前-(関東自動車バス【45】)-宇都宮駅西口…宇都宮駅-(湘南新宿ライン快速)-赤羽駅・解散

本日の校外活動は、宇都宮の散策、宇都宮ライトレール車両基地と大谷資料館の見学、大谷寺の拝観です。朝早めに赤羽駅に集合し、宇都宮線快速ラビットに乗り、宇都宮駅へ行きました。宇都宮駅東口にて、宇都宮ライトラインに乗り、平石停留所へ行きました。平石は2面4線の停留所で、車両基地へ2本の分岐線が伸びています。本日は、宇都宮ライトレール開業2周年特別企画である「車両基地開放デー」です。既に大勢のお客さんが来ていました。部員たちは、平石で降りて、宇都宮ライトレール車両基地へ向かいました。

車両基地に入って、ライトライン車内と運転台を見学しました。宇都宮ライトレールHU300形電車は、宇都宮ライトレールが2023年に導入した超低床電車(LRV)です。「ライトライン」(LIGHTLINE)という愛称が付けられています。2023年8月、宇都宮芳賀ライトレール線の開業時に導入された車両です。形式名「HU300形」のうち「H」は芳賀 (Haga) 、「U」は宇都宮 (Utsunomiya) 、「300」は3車体連接であることを示します。また公募により「ライトライン」という愛称が付けられました。「ライト」は「LIGHT」に宇都宮の別称「雷都」を掛けています。「ライン」と組み合わせて、「未来への光の道筋」というメッセージが込められています。2024年に鉄道友の会よりローレル賞を受賞しました。

車両はブレーメン形で、インチェントロのデザインに準じます。車体は福井鉄道F1000形電車をベースとした3両3台車で、超低床車両です。編成長は、軌道法の上限である30mに近かい29.52mで、車体幅は2650mm、車体高は3625 mmとなっており、路面電車車両としては最大級の大きさです。車両の増結も想定した設計となっていますが、軌道法の上限を超えるため開業時点では増結する計画はありません。形式名は、宇都宮駅東口方からHU300-A(先頭車)、HU300-C(中間車)、HU300-B(後尾車)の順となっています。車内と運転台を見学した後、ライトラインフォトスポットにて、HU300形をバックに写真を撮りました。

次に検修庫に入り、2階見学ブースより1階検修を見学しました。次に車両基地にあるライトラインに乗り、洗浄機での車体の洗浄を車内から見学しました。

車両基地を見学した後、平石よりライトレールに乗り、グリーンスタジアム前停留所へ行きました。グリーンスタジアム前停留所は、島式ホーム2面4線になっています。宇都宮市道1440号線の北側に1面2線の上り線、宇都宮駅東口方面のホームを、南側に同じく1面2線の下り線、芳賀・高根沢工業団地方面のホームが千鳥状に配置されています。折り返し運転や、緩急接続に対応した造りです。平日の夕ラッシュ時間帯と休日の初便にグリーンスタジアム前停留場を始発とする宇都宮駅東口停留場行き電車が、休日の深夜時間帯の上り最終便として当停留場を始発とする平石停留場行き電車が運転されていいます。当駅が終着の列車はすべて各駅停車ですが、イベント時に臨時列車で当駅止まりの快速が設定されたことがあります。

グリーンスタジアム前停留所を行き来するライトラインを撮影した後、宇都宮駅東口停留所へ行きました。宇都宮駅で関東バスに乗り換えて、大谷資料館へ行く予定です。

お昼ですが、乗り換え時間にあまり余裕がなかったので、昼ご飯に宇都宮西口駅前にある宇都宮餃子店の餃子を買いました。何故かお持ち帰り餃子が鉄研部員人数分ありました。餃子を買い、関東バスに乗り大谷資料館へ行きました。宇都宮といえば餃子と大谷石です。

宇都宮と大谷は、かつて宇都宮軌道運輸と野州人車鉄道が敷設・運行し、その後宇都宮石材軌道が運行していた宇都宮市内一円の人車軌道、軽便鉄道が、その後東武鉄道大谷軽便線・大谷軌道線として再編されたことがある地域です。現在では全路線が廃線となり、路線の多くが道路になっています。「鉄道があった頃を見たかったなあ。」と思いを馳せながら、大谷資料館へ行きました。

大谷資料館の入り口で昼食の餃子を食べました。大谷は、古墳時代には石棺の材料として加工が容易な大谷石が用いられました。8世紀には下野国分寺・下野国分尼寺の礎石、地覆石、羽目石に大谷石が使用されました。宇都宮市・大谷寺の本尊千手観音をはじめとする磨崖仏は平安時代に造られました。大谷の採掘場は、1943年には陸軍の糧秣廠、被服廠の地下秘密倉庫として使用されました。

1945年には中島飛行機(後の富士重工業、現在のSUBARU)の四式戦闘機製造のため地下軍需工場として使用されました。1969年には年平均気温が8度前後であるため、政府米(古々米)の保管庫として利用されました。1979年には大谷資料館がオープンし、地下採掘場が一般公開されました。1981年には東京フルートアンサンブルアカデミー演奏会が開催され、以降、コンサート、猿楽、映画会、観劇、美術展、ダンスパフォーマンス、セミナーなどの文化事業や映画、テレビドラマ、テレビCM、プロモーションビデオの撮影が行われています。

大谷資料館では、大谷石の採掘の歴史が解説されています。展示場には採掘が本格的に始まった江戸中期から1959年頃までの手堀り時代の道具や採掘方法と運搬の変遷などの資料が展示されています。地下採掘場跡は、20000㎡の広さで、深さは30m、最も深い場所は地下60mの地下空間です。通常坑内の平均気温は8℃前後です。切り出された石は約1000万本です。部員たちは、巨大な地下空間に大いに興味関心を持ちました。

大谷資料館を見学した後、大谷寺へ行きました。大谷寺の本尊は千手観世音菩薩で、坂東三十三観音第19番札所です。国の特別史跡、重要文化財に指定されている大谷磨崖仏の所有者となっています。大谷磨崖仏は、千手観音像、伝釈迦三尊像、伝薬師三尊像、伝阿弥陀三尊像の4組10体の意思心塑像が4区に分かれて掘り出されています。

大谷寺洞穴遺跡は、大谷寺の洞窟に見られる古代遺跡です。古代人が生活した痕跡があります。洞穴内の深さ3mの地層から屈葬された特にほぼ完全な形の縄文人の人骨が出土しました。大谷寺の洞窟は縄文人の横穴式住居であったと考えられています。

大谷寺の庭園の池そばには、白蛇が2匹います。大谷には、昔、毒蛇が住む地獄谷と呼ばれていました。弘法大師がその毒蛇を退治し、弘法大師が去った後、岩窟には千手観音像が掘られ、毒蛇は心を入れ替え、白蛇になり、弁財天に仕えているとのことでした。

池の中に弁天堂があります。弁天堂に両端に白い蛇がいます。参拝した後に白い蛇の頭を軽くさすると、ご利益があると云われています。弁天堂で礼拝をし、宝物館を見学した後、大谷寺平和観音を拝みました。大谷寺平和観音は、大谷石の採掘場跡の岩壁に彫られました。高さ約27mです。階段で展望台まで登ると町並みを一望できます。

大谷寺平和観音は、戦没者の慰霊と世界平和を祈念するために手彫りで彫られました。大谷寺平和観音を見学した後、関東バスに乗り、宇都宮駅へ行きました。宇都宮から湘南新宿ラインに乗り、東京へ帰りました。今日は宇都宮ライトレールと大谷石の採掘の歴史について学びました。採掘跡地の巨大な地下空間に部員たちは大いに興味を持ちました。「ダンジョンかよ。」

日本学園中学校・高等学校鉄道研究部ホームページ https://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/