鉄道研究部
静岡県の鉄道を巡って 遠州鉄道・天竜浜名湖鉄道・岳南鉄道
2025年12月27日(土)
くれたけイン・セントラル浜松…新浜松駅・撮影-(遠州鉄道)-助信駅・撮影-(遠州鉄道)-さぎの宮駅…遠州鉄道・撮影…積志駅-(遠州鉄道)-遠州西ヶ崎駅・撮影-西鹿島駅・撮影-(天竜浜名湖鉄道)-岩清水駅・撮影-(天竜浜名湖鉄道)-天竜二俣駅・見学-(天竜浜名湖鉄道)-新所原駅-(東海道本線)-浜松駅・買い物-(東海道本線)-吉原駅-(岳南鉄道)-岳南江尾駅-(岳南鉄道)-岳南富士岡駅・撮影-(岳南鉄道)-吉原駅-(東海道本線)-沼津駅-(東海道本線)-小田原駅・解散
本日の校外活動は、東海道本線沿線にある遠州鉄道・天竜浜名湖鉄道・岳南鉄道の散策です。最初に新浜松駅より助信駅へ行きました。この区間は高架線で、浜松の街並みと浜松の市街を囲む山々が良く見渡せました。助信駅で高架線を走る遠州電車を撮影してから、さぎの宮駅で電車を降りました。遠州鉄道は、さぎの宮駅の1つ手前の自動車学校前駅から地上線です。遠州鉄道の東側を流れる狢川に沿い歩き、2両編成の遠鉄電車を真横から撮れる場所で撮影しました。次に、遠州西ヶ崎駅に行き、構内に留置されているED28 2号機を撮影しました。遠州鉄道ED28は、1925(大正14)年にイギリスのイングリッシュ・エレクトリックより豊川鉄道、鳳来寺鉄道に輸入された電気機関車です。豊川鉄道では電機50形、鳳来寺鉄道では電機51形として導入されました。1930年に豊川鉄道電機50形はデキ50形に形式が変更され、鳳来寺鉄道電機51形はデキ100形に改番されました。1938年には鳳来寺鉄道デキ100はデキ50に改番、豊川鉄道デキ50はデキ50形デキ51に改番されました。1943年に両社が世界大戦時の買収により国有化され、番号はそのままデキ50形として飯田線で使用されたが、1952にED28形に形式変更されて、元鳳来寺鉄道のものがED28 1、元豊川鉄道のものが ED28 2となりました。ED28 1は1956年に、ED28 2は1959年に廃車されて1は近江鉄道に、2は遠州鉄道にそれぞれ譲渡されました。ED28 2は工事用列車として使用されており、通常は遠州西ヶ崎駅構内に留置されています。遠州西ヶ崎駅で撮影した後、西鹿島駅へ行きました。西鹿島駅の由来は、最初の鹿島駅が開業時に磐田郡二俣町大字鹿島に設置されたことです。その後、二俣町の中心駅として遠州二俣駅と改称されるが、国鉄二俣線が建設されたため、現在の西鹿島駅に移転しました。国鉄二俣線が二俣町の中心部に遠江二俣駅、現在の天竜二俣駅を建てたので、鹿島地区の西側に当たる場所に移転した遠州二俣駅が現在の西鹿島駅に名前が変わりました。「鹿島」の地名は鹿が天竜川の中洲へ渡って行ったという伝説に由来します。西鹿島駅には、遠州鉄道の相対式ホーム2面2線と天竜浜名湖鉄道は単式ホーム1面1線があります。駅の東側に駅舎、北寄りに遠州鉄道の車両基地、西鹿島工場と車庫があります。遠州鉄道のホームページには、西鹿島駅について「天竜美林をイメージさせる山小屋風の瀟洒な駅舎です。天竜浜名湖鉄道への接続駅であると同時に各方面へ乗合バスがアクセスしています。平成8年にオープンした浜松市フルーツパークは、当駅から天竜浜名湖鉄道に乗り換えて行くことができます。県北遠総合庁舎は同駅より徒歩8分。矢崎エナジーシステム天竜工場は同駅より徒歩5分。」と紹介しています。部員たちは、留置されている遠州電車を撮影しました。遠州鉄道には、1000形と2000形の旅客用車両があります。スパニッシュレッドの車体に白とグレーのラインが入った塗装です。この塗装は1983年から新製された1000形より採用さました。遠州電車は、以前より赤系統だったので、沿線住民より赤電と呼ばれています。地方の中小私鉄では、大手私鉄より車両を譲り受けている場合が多いですが、遠州鉄道では旅客用車両は電化開業当時から最新の2000形まで、二俣線乗り入れ用として1958~1959年に国鉄から払い下げたキハ800形以外、全て自社発注のオリジナル車両です。また、浜松は冬の初めに吹く「遠州空っ風」など、全体的に風が強いので、遠州鉄道の車両は全車が鋼鉄製です。電車の貫通路が、営団6000系電車や多摩都市モノレールなどの原形と似た形です。浜松市は、総人口76万人と静岡県で最も人口が多く、政令指定都市と国際会議観光都市に指定されています。ヤマハや河合楽器製作所などの楽器メーカーがあり、音楽文化活動も盛んでユネスコの創造都市ネットワークに音楽分野で加盟しています。本田技研工業、スズキ、ヤマハ発動機の創業地でもあり、現在もスズキの本社があります。東海工業地域の中核都市です。遠州鉄道は、新浜松駅から自動車学校前駅の手前までの5.4kmは高架線です。平日は12分間隔で電車が走り、混雑時は4両編成となります。車両も全てオリジナル車両です。部員たちは、浜松駅近くの商業地域の夜の活気と浜松の市街地を走る遠州鉄道を見て、「産業が盛んな都市を走る郊外電車は優良企業なんだな。」と感じました。





西鹿島駅で撮影をした後、天竜浜名湖鉄道に乗り、岩清水駅で気動車を撮影し、天竜二俣駅へ行きました。天竜二俣駅は、天竜浜名湖鉄道の本社がある天竜浜名湖線の中心的な駅です。2面3線のホームがある直営駅で、開業当時からの瓦葺き木造の駅舎があります。以前は駅舎の東側に1面1線の貨物ホームがありました。改札の外で売店やみやげ物屋「てんはまや」があります。てんはまやでは天竜浜名湖鉄道のオリジナルグッズや各種コラボレーショングッズが売られています。天竜二俣駅構内には、足こぎミニトロッコや腕木式信号機やタブレットキャッチャーなどが展示されています。部員たちは、足こぎミニトロッコに乗りました。天竜浜名湖鉄道の沿線が、テレビアニメ「ゆるキャン△」のロケ地になっているので、天竜二俣駅にも、「ゆるキャン△」関連の展示がありました。部員たちも、前の晩、ホテルで「ゆるキャン△」を観ました。天竜二俣駅の本屋、上り上屋およびプラットホーム、下り上屋およびプラットホームと、敷地内の揚水機室、高架貯水槽は、日本国の登録有形文化財です。部員たちは、「転車台&鉄道歴史館見学ツアー」に参加し、天竜二俣駅構内にある揚水機室、高架貯水槽、扇形庫や転車台などを見学しました。天竜二俣駅東側に天竜浜名湖鉄道の車両基地、機関区があり、夜間滞泊の基地としても使われています。全車が両運転台のディーゼルカーですが、蒸気機関車時代の扇形庫と転車台がそのまま使用されています。天竜二俣駅を見学した後、天浜線に乗って、新所原へ行きました。途中、部員たちは車内左側のボックスシートを陣取り、西気賀駅-知波田駅間で浜名湖の景色を眺めました。天竜浜名湖鉄道は、東海道本線から分岐して内陸部、浜名湖の北岸を通って再び東海道本線に合流します。これは東海道本線浜名湖橋梁が不通になった場合に備えるバイパス路線として、旧日本陸軍の要請で建設されたためです。もともとは、掛川駅から遠江二俣、三河大野を経て岐阜県東濃地方の大井、現在の恵那を結ぶ遠美線として計画されていました。軍事上の要請から、浜名湖付近で海岸部を通る東海道本線が敵軍の攻撃により不通になった時のバイパスとするため、遠江二俣と新所原の間を建設されました。天竜二俣付近では、1929年~1935年にあった光明電気鉄道の廃線跡を転用して建設されました。当初、東線・西線として部分開通し、その後国鉄二俣線として全線が開通しました。1987年に国鉄二俣線が廃止となり、天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線として掛川駅-新所原駅間、67.7kmが開業しました。本社は、天竜二俣駅にあります。部員たちは、天竜二俣駅の広々とした留置線、転車台や扇形車庫、大きな給水塔を眺めながら、「戦時中、東海道本線浜名湖鉄橋への攻撃に備えて、天竜二俣駅が東海道本線のバイパスの拠点駅として整備され、沢山の蒸気機関車が行き来していたのだろうな。」と当時の様子を想像しました。









新所原駅から東海道本線に乗り、吉原駅を目指しました。途中、浜松駅での電車の乗り換え時間に昼食やお土産を買いました。吉原駅で岳南鉄道に乗り換えました。もう日が暮れ始めました。岳南鉄道は富士市内の吉原駅と岳南江尾駅とを結び、工業地帯を走る電車で、車窓から見える工場の夜景が話題になっています。岳南鉄道の由来は、岳南という地名、富士山(岳)の南側を走る鉄道であることから、岳南と名付けられたと推測されているそうです。岳南鉄道を走る7000形電車は、老朽化した5000系の置き換えと旅客車両のワンマン化のため、1996、1997年に京王電鉄から3000系の中間電動車3両を譲り受け、京王重機整備にて車体両端への運転台設置など、各種工事を行った車両です。部員たちは7000系電車に乗り、岳南江尾駅へ行きました。岳南江尾駅は、頭端式ホーム1面2線の駅です。かつては岳南江尾駅で貨物取扱があり、駅北西部の三島化工への専用線や側線と貨物ホームがありました。また、沼津駅まで路線を延長する計画があり、沼津方面にしばらく線路が伸びていました。一時期はこの線路を機回し線として使用していました。岳南江尾駅を撮影した後、岳南富士岡駅へ行きました。岳南富士岡駅は、島式ホーム1面2線からなり、車庫があり、電車が留置されています。かつて、岳南富士岡駅から東海電化工業富士工場への専用線がありました。広栄化学工業富士工場(朝日化学工業)の貨物取扱も行われていました。岳南富士岡駅構内には検修設備の他に側線があり、かつて貨物輸送などで活躍した電気機関車、ED291、ED501、ED402・ED403の4両が留置されています。2021年に駅構内に留置されている電気機関車を展示する「がくてつ機関車ひろば」が開設されました。部員たちは、岳南富士岡駅で電車や電気機関車を撮影しました。岳南富士丘駅を見学した後、岳南鉄道に乗り工場の夜景を見ながら、吉原駅へ戻りました。部員たちは、岳南鉄道が工業地帯だけでなく、富士市の市街地を走っていて、結構利用客が多いなと感じました。電気機関車や各駅の線路の配線を見ながら、「かつては岳南鉄道が富士市の各工場と線路でつながり、貨物輸送が盛んに行われていたのだろうな。」と思いを馳せました。東京へ向かい東海道本線に乗りました。今日一日も、東海道本線沿線の鉄道を楽しく見学出来ました。今回の合宿で、駅、ホテル、売店、レストランなどで多くの人に接しました。部員たちに一番の印象は、「静岡県の方々はずいぶんと親切だ。」ということでした。では、良いお年を。






日本学園中学校・高等学校鉄道研究部HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/
高1C組 マキ
合宿2日目は天竜浜名湖線や遠州鉄道などに乗りに行った。どれも初めて乗る鉄道だったが、コラボなどの個性的な路線が多く、一生の思い出になった。この合宿を通してチームワークなどを改めて考えることができてとても良かった。
高1D組 ヒロ 浜松合宿 2 日目
合宿 2 日目では、遠州鉄道、岳南電車、天竜浜名湖鉄道に乗車しました。遠州鉄道では、途中の駅で降りて電車を撮ったり、駅と駅の間を歩いたりしました。駅の外で電車を撮っているときは寒くて参ってしまいそうでしたが、遠州鉄道の運行頻度が高いおかげで凍えずに乗り切ることができました。車体のデザインやラッピングもカッコよかったです。天竜浜名湖鉄道では、天竜二俣駅でガイドさんによる天竜浜名湖鉄道が所有する文化財についての短いツアーに参加しました。転車台が動く様子など、天浜線が昔、国鉄の路線だった時代に使われていた様々な設備が見られて、貴重な経験になりました。また、キャラクターの「音街ウナ」やアニメ「ゆるキャン△」のラッピングがされた車両も同路線内で見ることができ、テンションが上がりました。岳南電車では、吉原駅と岳南江尾駅を往復で乗車しました。途中の岳南富士岡駅では、年季の入った機関車や貨車を見ることもできました。自分たちが乗車した車両は、元々京王で使われていたもので、岳南に譲渡後も内装は京王時代からほとんど変わっていなかったので、昔の京王の雰囲気を感じることができました。今回の2日間の合宿は、使う路線が自分が前々から気になっていた路線であったことが多く、その路線についてもよく知ることができ、とても充実した合宿になりました。
高1E組 トモ
初めての合宿2日目は朝寝坊することなく始められました。2日目は人生初の遠州鉄道から始め最初は助信駅で撮影しようとしましたがまだ車両全体に光線が届いていなかったので他の場所で撮影することにしました。次の撮影に選んだのはさぎの宮駅から積志駅の間を選択しました朝の散歩になりいい運動になりました写真も上手く行きました。最後に遠州西ヶ崎駅構内に留置されているED28 2を撮りました。逆光でしたが好みの写真にできてよかったです。西鹿島で天竜浜名湖鉄道に乗り換えましたゆるキャンのラッピング車が来て欲しかったですが天竜二俣の車庫にいました。天竜二俣駅の転車台見学ツアーに参加し資料館と転車台を見学しました。見学後は天浜線に乗り新所原駅に移動してその後東海道線で吉原駅に移動しました。ここから岳南電車に乗って夜景を撮ろうとしましたがあまり上手く行きませんでした。その後東海道線で小田原駅まで行き解散しました。とても良い2日間になったと思います。
高1E組 ユー
2日目は遠州鉄道、天竜浜名湖鉄道、岳南電車を訪れましたが、遠州鉄道では天気も良かったので数多くの写真を撮れて良かったです。天竜浜名湖鉄道では様々なラッピング車両がバラエティ豊かに富んでおり、沿線に広がる浜名湖の景色もとても良かったです。最後に訪れた岳南電車では日本学園の最寄り駅の明大前駅を通る京王線と井の頭線で活躍していた車両(元 京王線の5000系と元 井の頭線の3000系)が工業地域の間を走行することがとても感慨深かったです。
高1F組 サー
今日は新浜松駅から遠州鉄道に乗り西鹿島駅に出て西鹿島駅から天竜浜名湖線に乗り、天竜二俣で転車台の見学をしてから新所原に出て吉原に移動し、岳南電車を往復し、小田原に出るというルートだった。遠州鉄道はの沿線は住宅街が多い印象を受けた。また、不動産や百貨店、バスがあったので、グループ系の会社なのが分かった。天竜二俣駅には小さいトロッコがあり、小さい人でも待ち時間が退屈にならないなと思った。駅構内に「第3村」と表記されている箇所が所々にあり、なぜ第3村となっているのかと思った。どうやらエヴァンゲリオンに出てくる第3村のモデルがこの駅のようである。また、転車台にはロンギヌスの槍が多かった。駅構内と転車台の敷地内は木造が多く、風呂の設備があったことに驚いた。岳南電車は思っていたよりも人が多く乗っていた。また、工場の建物が近くから見えた。工場の近くを走るのが岳南電車の魅力だと改めて感じた。東海道線(JR東海区間)は毎時3本ほどのも関わらず多くの人が乗っていた。6両の他に3両、4両の運用があり、混雑時が大丈夫かと思った。この2日間は静岡の路線の魅力を自分なりに見つけられたと思った。